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東京高等裁判所 平成9年(う)1432号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役二年六月に処する。

この裁判が確定した日から四年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林弘卓、同北澤純一が連名で提出した控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。論旨は、要するに、原判決には、(1)事実誤認、(2)法令適用の誤り及び憲法三一条違反、(3)訴訟手続の法令違反があって、破棄を免れないというのである。以下、(3)、(1)、(2)の順に検討する。

第一  訴訟手続の法令違反の論旨について

一  訴因変更許可の違法

所論は、検察官の訴因変更請求が、公訴事実の同一性を害し、かつ、被告人に不利益な時機におけるものであったのに、これを許可した点で、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある、と主張する。

そこで検討すると、原審の第九回公判で、検察官から、起訴状記載の第一事実中、「平成四年一一月五日ころ、東京都千代田区〈以下省略〉株式会社○○事務所において、株式会社A外二会社がXに対して何ら債権を有している事実がないのに、合計二〇億円の債権を有している旨の事実をねつ造した上、」の記載を除き、その後に、「株式会社Aほか二会社がXに対して何等債権を有している事実がないのに、合計二〇億円の債権を有している旨の事実をねつ造した上、平成四年一〇月下旬頃、東京都新宿区〈以下省略〉乙川税務会計事務所において、情を知らない右事務所従業員をして、Xの総勘定元帳に右架空債権の記載をさせ、さらに、同年一一月五日ころ、東京都千代田区〈以下省略〉株式会社○○事務所において、」という記載を加える旨の訴因変更請求があり、第一〇回公判で、原審がこれを許可したことは、記録上明らかである。右は、総勘定元帳への不正記載の事実を訴因に追加したものであるが、これは、平成四年一〇月から翌一一月にかけて行われた一連の不正な工作として、起訴状第一事実中の内容虚偽の協定書三通の作成及び虚偽の内容が記載されたXの清算貸借対照表の作成等並びに同第二事実である内容虚偽のX・有限会社X1間の建物賃貸借契約書の作成等と包括して一罪(破産法三七四条の詐欺破産罪)をなす関係にあると認められるから、本件訴因の追加は、公訴事実の同一性を害するものではない。

また、原審の第一回公判で、検察官請求に係る書証が全部同意の上取り調べられ、その後第八回公判までに、X代表者の甲山春子、その娘の甲山夏子、乙川税務会計事務所所長の乙川花子税理士、同事務所従業員の乙谷一男及び乙川二男の各証人尋問が実施されるなど、架空債権の処理をめぐる被告人及び関係者の動向に関し、相当詳細な証拠調べが行われていたことが記録上認められ、このような本件審理の経緯に照らすと、第一〇回公判で行われた本件訴因の変更が被告人の防御に実質的な不利益を及ぼすものであったとはいえない。

したがって、検察官の訴因変更請求手続とこれを許可した原審の訴訟手続に、所論のような違法は認められない。

二  証拠調べ義務違反

所論は、原審で弁護人が請求した証人丙野太郎は、被告人の無罪立証に極めて重要な証人であり、原審は同人を取り調べるべきであったのに、同請求を却下した点で、訴訟手続に判決に影響を及ぼすことが明らかな違法がある、と主張する。

そこで検討すると、丙野は、被告人の経営する金融会社の顧問弁護士であり、被告人から依頼されてXの和議開始、次いで破産の各申立てを行ったもので、本件の重要な関係者であることは疑いない。ただ、原審の第一回公判で、同人の検察官調書が同意の上取り調べられており、その記載は簡略で概括的ではあるが、架空債権ねつ造の事実は知らなかったし、Xの関連子会社に対する債権を清算貸借対照表から除外するように指示したこともない旨、本件犯行への加担を明確に否定する供述内容である。そして、架空債権の処理をめぐる関係者の動向については、乙川税務会計事務所関係者の証人尋問等のかなり詳細な証拠調べが行われたことを併せ考えると、原審が丙野の証人調べの必要はないとしてその請求を却下したのは、証拠採否に関する裁判所の裁量の範囲内に属するものであったということができる。

したがって、原審の訴訟手続に、所論の違法は認められない。なお、控訴の趣意にかんがみ、当審では、念のため丙野の証人尋問を行ったが、結局、その証言内容は、前記検察官調書の趣旨を出るものではなかったのである。

第二  事実誤認の論旨について

一  論旨は、要するに、原判示の各事実につき、被告人は無罪であるのに、有罪と認めた原判決には事実誤認がある、というのである。すなわち、原判決は、要旨、被告人が、パチンコ店等を経営する有限会社X(以下「X」という)の破産宣告前、自己及びXの代表取締役甲山春子(以下「春子」という)の利益を図り、Xの一般債権者を害する目的をもって、春子と共謀の上、(1)Xが株式会社A、同B、同Cの三社(以下「関係三社」という)に対して何ら債務を負担していないのに、情を知らない乙川税務会計事務所(以下「乙川事務所」という)の従業員をして、Xのコンピュータの総勘定元帳ファイルに、Xが関係三社に対し合計二〇億円の金銭債務を負担している旨の虚偽の情報を入力させ、(2)Xがその子会社である有限会社X1(以下「X1」という)等三社との間で、Xの関係三社に対する右架空債務とXのX1等に対する金銭債権とを相殺すること、関係三社がXからその所有物件設備一式を譲り受けること等の内容を合意した旨の協定書三通を作成し、(3)XがX1等子会社四社に対して合計一六億五二七万円余の金銭債権を有していたのに、情を知らない乙川事務所従業員をして、右金銭債権を記載しない清算貸借対照表を作成、させた上、これをXの破産申立書とともに裁判所に提出し、(4)XがX1に対して有する建物の賃料が月額六〇〇万円であったのに、情を知らない乙川事務所従業員をして、Xのコンピュータの総勘定元帳ファイルに右賃料を月額一〇〇万円である旨の入力をさせた上、(5)同旨の内容虚偽の建物賃貸借契約書を作成し、もって、商業帳簿である総勘定元帳に不正の記載をする((1)、(4))とともに、Xの破産財団に属すべき財産を隠匿した((2)ないし(5))旨認定、判示しているところ、所論は、これに対して、被告人には原判決認定の図利、加害の目的はなかった上、右(1)、(3)につき、被告人は乙川事務所従業員にそのような指示をしていない、(2)につき、協定書は内容が曖昧であっておよそ明確な法律効果を生じさせるものでないから、協定書の作成をもって隠匿というのは当たらない、右(4)、(5)につき、賃料の減額はロイヤルの決算を組む関係でされたのであって、破産手続とは別個のものである、というのである。そして、被告人も所論に沿う供述をしている。

そこで検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人が詐欺破産の目的をもって、右(1)ないし(5)の各行為に及んだ事実を認めることができ、原判決がその認定の理由として「争点に対する判断」の項で説示するところは、電磁的記録としての総勘定元帳ファイルが破産法三七四条所定の「商業帳簿」に当たる旨の判断部分を除き、相当として是認することができる。以下、所論にかんがみ補足して説明する。

二  関係証拠によれば、本件犯行及びその前後の状況は、以下のとおりであったと認められる。

1  春子が代表取締役を務めるXは、自らパチンコ店を経営するとともに、その所有に係る土地建物を、X1のほか、有限会社X2、同X3、同X4等の子会社(以下、X1、X2及びX3の三社を「子会社三社」と、これにX4を加えた四社を「子会社四社」と称する)に対し付属設備機械とともに賃貸し、パチンコ店等を営業させていた。しかし、営業利益が上がらず、資金繰りに窮し、平成四年九月三〇日(以下断らない限り、いずれも平成四年)、金融業を営む被告人から、一二〇〇万円の融資を受けた。

2  被告人は、右融資を通じて、Xの負債が多大で倒産寸前の状態であることを知り、春子に対し、和議の申立てを勧めるとともに、Xの債権債務の整理を自分に任せるよう申し向け、これを了承した春子からX及び各子会社の会社印や春子の実印、印鑑登録証明書、不動産の権利証等を預かった。

3  被告人は、春子から預かった印鑑等を利用して、一〇月初旬以降、Xが各子会社にパチンコ店舗等として賃貸していた土地建物に、被告人又はその親族、友人が代表取締役を務める関係三社等の会社を権利者とする賃借権設定の仮登記を行い、また、Xの子会社三社がXから賃借していた各建物について、子会社三社がそれぞれ関係三社に賃貸する旨の賃貸借契約書を作成するとともに、その事実がないにもかかわらず、Xが関係三社それぞれに対して多額の債務を負っているかのように仮装して、「これらの債務とXがその子会社三社に対して有している各金銭債権とをそれぞれ相殺すること、関係三社がX及び子会社三社から各所有の物件設備一式を譲り受けること等」を合意内容とするX、関係三社、子会社三社の三社間の協定書三通(それぞれの作成日付、当事者及び記載内容要旨は原判決別表に記載されたとおりである。以下「本件協定書類」という)を作成した。さらに、被告人は、Xの各子会社の商業登記簿上も、各役員を春子及びその一族から丁田一郎、戊本二郎などの自己の関係者に変更するとともに、X1及びX2の商号の変更も行った。

4  被告人は、Xの和議開始申立ての手続を自己の顧問弁護士である丙野太郎に依頼し、一〇月二〇日、X及びその子会社の会計税理事務を担当していた乙川事務所の乙川花子税理士及びその従業員乙谷一男を丙野弁護士の法律事務所に招き、両名に対し、和議開始申立ての手続に必要な会計書類を作成するよう指示した。その際、被告人は、Xには総額約六六億円に及ぶ簿外債務がある旨を説明し、その一覧表を乙谷に渡したが、その中には、被告人がねつ造した、実際には存在しない債務合計二〇億円(株式会社Aに対する七億円、同Bに対する八億円、同Cに対する五億円。以下「本件架空債務」という)が含まれていた。

5  乙川税理士と乙谷らは、被告人と丙野弁護士の指示により、被告人から渡された前記簿外債務の一覧表に基づき、本件架空債務二〇億円を含むXの簿外債務約六六億円を、乙川事務所のコンピュータを使用してXの総勘定元帳ファイルに入力した。また、乙谷らは、和議開始申立ての添付書類として、修正貸借対照表その一、同その二、清算貸借対照表を作成したが、修正貸借対照表二通には、いずれも本件架空債務及びXが各子会社に対して有する金銭債権が記載されていたものの、清算貸借対照表には、本件架空債務は記載されていたのに対し、右金銭債権は記載されていなかった。

6  被告人の依頼を受けた丙野弁護士は、一〇月二八日、千葉地方裁判所に対し、Xの和議開始の申立てを行ったが、Xの大口債権者らの了承を得ることができなかったため、一一月一〇日には、右申立てを取り下げて、破産の申立てを行った。その間、被告人は、和議が不調となり破産に移行した場合でも強制和議を目指すとして、乙川税理士らにXの債務整理案を話し、「関係三社にXの子会社が有するパチンコ店の営業権を三年間に限定して譲渡し、その見返りに合計二〇億円の債務(すなわち本件架空債務)の免除を受けるものとする」旨の計画を提示して作業を依頼し、一一月五日、乙川会計事務所から右提示に沿った会計処理の計算内容を記載したファックス文書の送付を受けた。これと並行して、被告人は乙川税理士に破産申立てのための添付資料の作成を依頼し、修正貸借対照表その一、同その二及び清算貸借対照表(以下「本件清算貸借対照表」という)を作成させたが、右修正貸借対照表その一には、本件架空債務及び子会社四社に対する金銭債権合計一六億五二七万円余(以下「本件金銭債権」という)が記載されていたのに対し、右修正貸借対照表その二及び本件清算貸借対照表には、本件架空債務、本件金銭債権とも記載されていなかった。そして、Xの破産宣告申立書には、右修正貸借対照表その一及び本件清算貸借対照表が資料の一部として添付されて千葉地方裁判所に提出され、一一月二四日、Xは破産宣告を受けた。

7  他方、被告人は、一〇月下旬ころ、乙川事務所の従業員乙川二男を呼んで、X1が従前Xに支払うことになっていた建物賃借料月額六〇〇万円を、前年(平成三年)一〇月まで遡って月額一〇〇万円であったことにして会計処理するよう指示し、乙川二男の報告を受けた乙谷は、乙川事務所のコンピュータを使用してXの総勘定元帳ファイルに賃料情報を一〇〇万円と入力した。同じころ、被告人は、春子から預かった前記2の印鑑等を使用して、XがX1に対し賃料月額一〇〇万円で店舗を賃貸する旨の賃貸借契約書(平成三年一〇月一日付け)を作成した。

8  被告人は、Xの各子会社が経営していたパチンコ店等の管理、営業を丁田一郎及び戊本二郎ら自己の関係者に行わせようとしたが、Xの債権者らの妨害に遭ったりしたため、戊本がX4の経営していたカラオケ店の営業を継続できた程度にとどまった。しかし、丁田が右債権者らと交渉して賃料等の支払を受けるなどして収益の確保に努め、被告人らは、右カラオケ店の売上収益金を含め、合計五〇〇〇万円以上の金員を取得した。そして、被告人は、平成四年一〇月から平成五年三月ころまで、春子に対し毎月五〇万円の生活費を支払っていた。

三  そこで、所論の各主張について検討する。

1  所論は、被告人が乙川事務所の者に、Xの総勘定元帳のファイルに本件架空債務の情報を入力させたことはない、と主張する。

乙川税理士及び乙谷一男の各供述調書及び原審証言等の関係証拠によれば、前項4、5のとおり、右両名は、丙野法律事務所に呼ばれてXの和議開始申立てに必要な会計書類の作成を指示され、その際被告人から本件架空債務を含むXの簿外債務の一覧表を渡され、これを乙川事務所に持ち帰り、総勘定元帳ファイルにその情報を入力したことが認められる。両名は、被告人から簿外債務の総勘定元帳への記入を具体的に指示されたとまでは供述していないが、前項2のとおり、被告人はXの債権債務整理をその代表者である春子から委任されていたのであり、他方、乙川事務所の乙川税理士とその従業員は、顧客から供された資料を基に債権債務関係を正確に記載した帳簿等を作成する職務を負っていたもので、Xに関して、税理士事務所とその顧客の関係以上に特段の事情があったわけではないことに照らすと、被告人が乙川税理士に右簿外債務の一覧表を渡したことは、とりも直さず春子の代理人として、同税理士に対し簿外債務を商業帳簿に記載するよう指示したことを意味するのであり、乙川税理士ら乙川事務所の者によるその資料の情報の入力は被告人の指示に従って行われたものと認めて誤りない。この点に関する被告人の言い分は、容れることができない。

2  所論は、被告人が作成した本件協定書類は内容が曖昧であって、その文面から明確な法律効果が生じるものではないから、その作成は詐欺破産罪の隠匿行為に当たらない、と主張する。

しかしながら、被告人が一存で作成した本件協定書類は、前項3のとおり、架空の債務を引き当てにした相殺を通じて、Xが所有し子会社三社が使用していた物件設備一式を関係三社に譲渡することを内容としたもので、Xをはじめそれぞれ会社の代表者印が押捺された三者間の契約書の体裁を整えているのであるから、内容が明確とはいい難い面があるとしても、Xの重要な資産の変動を示す書面として、その存在自体が、その債権者らを惑わせ、Xの資産実態の把握を困難にするものであり、その作成時期や、被告人が画策して各子会社の役員を自分の息のかかった関係者に変更したなどの本件をめぐる事情も併せ考えると、被告人が本件協定書類を作成したのは、丙野の当審証言が示唆するように、子会社三社のパチンコ店の営業を、Xの下から切り離し、これを自己の関係者に委ねようとする意図に発したものと認めることができる。そうすると、本件協定書類の作成は、破産財団に属すべき財産の隠匿行為に当たることは、明らかである。

3  所論は、被告人が、乙川事務所の乙川税理士らに、本件金銭債権を記載から外した本件清算貸借対照表を、破産申立ての添付資料として作成させたことはない、と主張する。

案ずるに、前項5、6のとおり、乙川税理士らは、和議開始申立て、次いで破産申立ての添付資料として、それぞれ修正貸借対照表二通及び清算貸借対照表一通の計六通を作成しており、そのうち、本件架空債務及び本件金銭債務がともに記載されなかったのは、破産申立て用の修正貸借対照表その二(これは、裁判所には提出されなかった)及び本件清算貸借対照表の二通である。そして、前項3、6のとおり、本件金銭債権のうちの子会社三社に対する債権と本件架空債務を相殺する等を内容とする本件協定書類を作成したのは、被告人であるが、さらに、一一月初めころ、被告人は、乙川税理士とその従業員乙谷一男にXの債務処理について方針を提示して、これに沿った会計処理の仕訳作業を依頼し、同月五日、その結果を記載したファックス文書を被告人の事務所へ送付させているところ、同文書に記載された内容も、Xの関係三社に対する本件架空債務と本件金銭債権を相殺する仕訳を中核としたものである。そして、被告人が作成した本件協定書類、右ファックス文書と本件清算貸借対照表を比較対照すると、Xの関係三社に対する多額の債務の存在を仮装してこれとXの有する金銭債権を相殺したかのように工作するなどの点で共通しているばかりでなく、被告人作成の本件協定書類と右ファックス文書との間には、その内容に高い類似性を認めることができるのである。このように検討してくると、被告人の弁解にもかかわらず、被告人が自らねつ造した本件架空債務を挺として本件金銭債権が消滅したかのように工作してこれを隠匿することを企図し、乙川事務所の者に右の工作を反映させた本件清算貸借対照表を作成させたことは明らかである。

所論はさらに、①本件清算貸借対照表の作成を指示したのは、被告人でなく丙野弁護士である、②本件金銭債権はXの破産に伴い無価値となるものであるから、これを記載しなかったのは当然であるなどと主張する。しかし、①につき、丙野の当審証言、同人の検察官調書、乙川事務所関係者の原審証言等の関係証拠によれば、架空の債務を作出して、パチンコ店の営業を関係三社に譲渡することなどのもくろみは、被告人の発意にかかることは明らかである。そして、丙野弁護士が、被告人の本件の意図をどの程度察知してXの倒産問題に関わったかについては、その当審証言を含め関係証拠によっても判然としないのであって、同弁護士が、Xの関係三社に対する二〇億円の債務が虚偽であることを知りながら、主体的に本件清算貸借対照表の作成に関与したとまでは認めることができない。次に、②につき、Xと子会社四社とは、法人格が別個であり、Xとの間において債権債務の関係が密接であるからといって、Xが破産することにより、子会社四社の営業が直ちに破綻すると共に、これら子会社に対する本件金銭債権の価値が無に帰するような事情にあったとは認め難い。

4  所論は、X1に対する賃料の減額は決算処理の関係上なされたもので、破産手続とは別個無関係である、と主張する。

しかしながら、乙川税理士及び乙谷一男の各供述調書等によれば、当初定められた六〇〇万円という賃料月額は、X1の店舗を開業した際にXが投じた資金等に、基づいて算定された合理的な金額であり、これを春子も了解して、平成元年八月の開店以来、維持してきたことが認められる。ところが、前項7のとおり、被告人は、平成四年一〇月下旬、乙川事務所の者に対し、X1の賃料月額を六〇〇万円から一〇〇万円に減額する会計処理を行うよう指示するとともに、自らも賃料月額一〇〇万円とする契約書を作成したのである。Xの倒産が必至となったこの時期に、被告人が行ったこのような行動は、Xの債権を隠匿する行為に他ならない。

5  所論は、被告人には詐欺破産の目的がなかった、と主張する。

検討するに、これまで見たとおり、被告人は、本件協定書類の作成、本件清算貸借対照表の作成・提出、X1に対する賃料債権の減額などを行いあるいは乙川税理士ら乙川事務所の者に指示して行わせたものであり、これらは、いずれもそれ自体、Xの財産状態を悪化させ、あるいは破産手続の円滑な進行を阻害する行為であることが明らかである。また、本件協定書類及び本件清算貸借対照表の作成については、巨額の架空債務を梃として、相殺により本件金銭債権が消滅したかのように工作してこれを隠匿するとともに、子会社三社のパチンコ店の営業をXの債権債務関係から切り離して自己の関係者に委ねようとする被告人の意図が明確に看取され、実際にも、前項8のとおり、被告人の息のかかった者らがこれらパチンコ店等の営業に乗り出し、相当多額の金員を取得していたことが認められる。

この点について、被告人は、暴力団関係の特殊な債権者の過激で横暴な取立てからXの資産を保全する目的で行った旨弁解するのであるが、当時、Xの資産内容が悪化していて、一部債権者の厳しい追求を受けていたことは事実と認められるけれども、関係証拠に照らし、先に認定した被告人の本件行為が、専ら、その弁解するような動機・目的に出たものとは到底認め難い。被告人の言い分は、容れることができない。

以上によれば、被告人において、Xの総債権者を害し、債務者代表者の春子及び自己の利益を図る目的があったものと認めるに十分である。

6  その他、所論が主張するところを検討しても、原判決に所論のような事実誤認があるとは認められない。

第三  法令適用の誤り等の論旨について

一  論旨は、要するに、原判決は、電磁的記録である本件総勘定元帳ファイルは破産法三七四条三号にいう「商業帳簿」に該当すると判示した上、Xのコンピュータの総勘定元帳ファイルに本件架空債務を入力した行為が「商業帳簿ニ不正ノ記載ヲ為シ」たものであるというが、右の「商業帳簿」は、書類として表記された状態におかれたものに限られるのであって、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり、憲法三一条で保障された罪刑法定主義に違反する、というのである。

二 そこで検討すると、原判決も触れているとおり、昭和六二年の刑法の一部改正により、電磁的記録不正作出罪(一六一条の二)等の罰則の整備、公正証書原本不実記載罪(一五七条)の改正が行われた。これは、電磁的記録が、刑法の適用上、文書の概念に包含させ難い面があることを承認した上で、従前の文書犯罪の規定に修正を加え、電磁的記録に対する不正行為を処罰の対象とする明文規定を設けて、電磁的記録に関する解釈上の問題点の解決を図ったものである。右改正の趣旨は、刑罰法規の解釈の整合性の観点から、特別刑法の解釈適用においても尊重されるべきものであって、少なくとも右改正以降においては、破産法三七四条三号、四号の規定する帳簿に関する犯罪についても、電磁的記録に関する明文の規定を設けない限り、電磁的記録を帳簿と認め、あるいは、これに準ずるものと認めて、現行の規定により処罰することは、許されないというべきである。

近時、コンピュータを使用した会計処理システムの普及により、破産手続処理の上でも、従前の文書概念を前提にした詐欺破産罪の規定では、適正な対処が困難ないし不可能な類型の不正行為が出現していることは、裁判所にも顕著な事実である。しかし、法益侵害の危険性、処罰の必要性があるからといって、原判決のような解釈を採用することは、罪刑法定主義に反するとの誹りを免れ難いのであって、このような事態への対処は、電磁的記録不正作出罪の場合のように、立法によるべき筋合いである。

以上の検討によれば、電磁的記録である本件総勘定元帳ファイルが破産法三七四条三号にいう「商業帳簿」に該当するとした原判決の法解釈は失当であり、延いては法令の適用を誤ったもので、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

論旨は、理由がある。

第四  破棄自判

よって、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い更に判決することとする(なお、公訴事実中、本件清算貸借対照表の作成が破産法三七四条三号の不正記載罪に当たるとされた部分及び本件清算貸借対照表に建物付属設備等の固定資産を除外して記載しなかった行為に関する部分は、既に原判決の理由中で無罪とされ、これに対し検察官から控訴の申立てがなく、当事者間で攻防の対象から外されたものとみるべきでるから、右各部分については原判決の無罪の結論に従うこととし、原判決の有罪部分についてのみ判決することとする)。

(罪となるべき事実)

原判示の罪となるべき事実中、原判決四頁七行目以下、「二〇日ころ、東京都新宿区〈以下省略〉所在の乙川税務会計事務所(以下「乙川会計事務所」という。)において、情を知らない同事務所従業員をして、同事務所内に設置されているパーソナル・コンピュータで処理するフロッピー・ディスク上に記録されたXの総勘定元帳ファイルに、Xが株式会社Aに対して七億円、株式会社Bに対して八億円及び株式会社Cに対して五億円の各金銭債務(合計二〇億円)を負担している旨の内容虚偽の情報の入力をさせ、さらに、同月」を削り、五頁一一行目、「右架空債務」を削ってその後に、「合計二〇億円の架空債務(株式会社Aに対する七億円、株式会社Bに対する八億円及び株式会社Cに対する五億円の各架空債務)」を加え、六頁三行目、「(以下「各協定書という。)」を削り、六頁四行目、「乙川会計事務所」を削ってその後に、「東京都新宿区〈以下省略〉所在の乙川税務会計事務所」を加え、七頁二行目以下、「法律の規定により作るべき商業帳簿である総勘定元帳に不正の記載をするとともに」を削り、七頁八行目以下、「乙川会計事務所において、情を知らない同事務所従業員をして、同事務所内に設置されているパーソナル・コンピュータで処理するフロッピー・ディスク上に記録されたXの総勘定元帳ファイルに、XのX1に対する平成三年一一月分からの賃料を一か月一〇〇万円とする旨の入力をさせた上、そのころ、」を削り、八頁六行目以下、「法律の規定により作るべき商業帳簿である総勘定元帳に不正の記載をするとともに、」を削るほかは、原判示の罪となるべき事実のとおりである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、包括して、平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下、刑法は右改正前のものをいう)六五条一項、六〇条、破産法三七六条前段、三七四条一号に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は、刑法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(原判示事実中の無罪部分について)

前述したとおり、電磁的記録である本件総勘定元帳ファイルは、破産法三七四条三号にいう商業帳簿ではないから、これに本件架空債務の情報を入力した行為及びXのロイヤルに対する建物賃料を月額一〇〇万円と過少に入力した行為は、いずれも同号の不正記載罪に当たらないから、被告人は無罪である。また、原判決は、右賃料の過少入力が同時に同法三七四条一号の隠匿罪にも当たると判示しているが、総勘定元帳ファイルへの虚偽情報の入力行為が即隠匿罪に当たるとすることには疑問があり、この点でも被告人は無罪というべきである。

以上は、前記の当審判示事実と包括一罪の関係にあるとして起訴されたものであるから、この点につき、主文において無罪の言渡しはしない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 髙木俊夫 裁判官 飯田喜信 裁判官 髙麗邦彦)

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